ブログ更新しました「冒険の共有に向けて」https://t.co/rKqGyIzTTC pic.twitter.com/fcNlql3BIV
— 栗城 史多 (@kurikiyama) 2018年4月22日
このようなお知らせになり大変申し訳ございませんが、エベレストで下山途中の栗城が遺体となり発見されました。
下山を始めた栗城が無線連絡に全く反応しなくなり、暗い中で下から見て栗城のヘッドランプも見当たらないことからキャンプ2近くの撮影隊が栗城のルートを登って捜索し、先ほど低体温で息絶えた栗城を発見いたしました。引用:https://lineblog.me/kuriki/
栗城 史多さんプロフィール
お待たせしました。いよいよ19日からアタックステージ開始します。
今日ネパール側のゴラクシェプ(5164m)に着きました。登頂予定日は23日、風が弱くなるタイミングを狙います。
facebookに今の気持ちを書かせてもらいました。→ https://t.co/63IUdmzmYG pic.twitter.com/yrkpTWFbqM— 栗城 史多 (@kurikiyama) 2017年5月17日
生年月日:1982年6月9日
出身:北海道瀬棚郡今金町
死没:2018年5月21日(35歳没)
出身校:札幌国際大学
肩書き:株式会社たお代表取締役
職業:登山家
来歴
「冒険の共有」をテーマに全国で講演活動を行いながら、年に1、2回ヒマラヤ地域で高所登山を行っている。
エベレストには単独無酸素登頂と頂上からのインターネット生中継を目指し、2009年9月チベット側、2010年9月ネパール側から挑んだが、8,000mに達することが出来ず敗退。
2011年8〜10月に前年と同じネパール側から3度目の挑戦をしたがサウスコル7900mに達せず敗退。2012年10月に西稜ルートから4度目の挑戦も強風により敗退。
この時に受傷した凍傷により、のちに両手の指9本を切断。2015年の5度目、2016年6度目、2017年7度目のエベレスト登山も敗退した。
栗城史多さんの指再生の画像は?
引用元:https://livedoor.4.blogimg.jp/girokerogirokero/imgs/e/9/e90d88c4.jpg
この画像は凍傷した時の画像になります。かなり痛そうですね・・
私はこの写真を見て思ったことがあります。それは、何故?指先だけなのか??
引用:https://entert.jyuusya-yoshiko.com/kuri-yubisai/
そうです。指先が開いてる手袋をしているんです。
登山の生中継などをしていた栗城 史多さん。なので、指先がよく使えるように手袋を開けているんです。
それが原因で指先だけが凍傷してしまったということ!!
指は再生した?
高所順応のステージを終えてから北壁側の偵察とABC設営に向けて準備をしてました。一点だけ「気になる箇所」があり、それをどうやって乗り越えるか考え続けていました。
facebook「困難はあっても避けられるアクシデントは避ける」→ https://t.co/eqixHtfchH pic.twitter.com/j14W0CHur8— 栗城 史多 (@kurikiyama) 2017年5月11日
これは2017年の画像です。
指再生はしなかったようです。。
今日の深掘りポイント
今日は、 栗城 史多さんの訃報をお聞きして、調べていきました。
その中で「指」について興味があったので調べました。
凍傷という衝撃的な事故を目の当たりにするのは初めてなので、私の中ではかなり勉強になりました。
私は登山するわけでもないですが、登山はこういった事故もあるんですね。
心よりご冥福をお祈りします。